アベシクリエイティブ制作秘話

作品づくりやロープ・身体表現、社会教育に関することを徒然に綴ります。

66.なぜか都市(東京)の性質が目についたお話〜京都と比較して〜

どうもアベシです。(今後はアベシクリエイティブと名乗ろうかと思ってます。)

ゴールデンウィークにつくばで行われたシングルロープコンテストに出場しました。その前後で東京の友人の家に泊まらせてもらいました。

そこで、不思議なことに、これまではあんまり明確には意識していなかった?(いわゆる“田舎”?というか僕が住んでる京都と比較しての)都市の性質、みたいなものが目にとまったので、書いておこうと思います。

例によって取り止めもないですが、どうぞ。

 

 

(謎の)上下運動

つまり地下鉄ということなんですけど、自分にとって普通、旅行というか移動というと水平方向なイメージなんですよね。

京都市は自転車(なんなら徒歩)でいろいろ動けるし、地下鉄とかがあるにしろ、地下1階ぐらいなイメージ。な生活に慣れていると、東京での、水平方向に動くためには、まず地下何階かに下がって、その後地上にまた戻って、また乗り継ぎがあると・・・という動きが新鮮、というか謎に思えるというか。

階段を使っての足腰のトレーニングにはいいんでしょうが、「自分はこの運動(エネルギーの消費)で何をしているんだろうか・・・」という空虚な気持ち?になるのでした。

 

電車の窓にある広告

つまり目のやり場に困るということなんですけど。地上を走ってる電車に乗って、せっかくなので景色でも見ようかと電車の出入り口らへんの扉の窓から外を見ようと思ったら、「扉に気をつけて!」とかでもない広告が貼られてるんですよね。絶妙な高さで。

ふと車内に目をやると広告がないのは、席が向き合う形での対面の人が座ってる後ろの窓だけ。でもここから窓を見ようとすると、対面の人と目が合っちゃったりして気まずいんですよね。

電車内では、スマホか本か自分の瞼の裏側を見るしかない・・・そんな感じ。居心地が悪い(断定)。

 

高いビル

そりゃそうだ、って感じですけど。ご存知の通り、僕は京都で野鳥観察を趣味にしてるので、なんか空が見づらい!って感じ。

 

総じて〜コンテストの総評も絡めて〜

ちょっとこじつけかもしれませんが僕が今回出場した大会では、ジャッジの人からこんな総評がありました。「ステージにあがるなら、メイクとか髪とか衣装とかちゃんとしないと」・・・全くもってその通りっ・・・すいませんっ・・・なんですが!身体表現というか生きること(?)は“それ”だけじゃないと思ってます。(ので続けられてます。)

つまり何が言いたいかというと、人、それもあんまり親しくない人?がたっくさんいるところでは何かする/見られるためにはまずいろいろ整えないといけない(=広告とか)。それにエネルギーが必要というか、まさにそれで“お金”が動くというか、そんなイメージ。

一方で、まさに僕のテーマでもありますが、コミュニティというかちょっとした顔見知りぐらいの人と出会うとなるとどうでしょう。「舐められないように頑張らないといけない度」はちょっと下がるのかしら、と。

今回のコンテストでの僕のテーマは、映画「PERFECT DAYS」に影響も受け「眼差しを共有する」・・・僕の(日常の)ロープへの見方(扱い)を見せるというものでした。日常をステージで再現する。つまり日常→ステージの方向。一方で、都会の人にとってはステージ的なもの(自分をよく見せないと!)が日常、つまりステージ→日常の方向なのかなあと。・・・うん、書いててよくわかんなくなってきた。

 

今後について〜僕のテーマから〜

5月から8月にかけて、僕んちの最寄りの大学で、“お金”と“活動”の間で人が持続可能に関わることの仕組みづくりを学びます。

ある意味で、京都というのは看板とか建物の高さ制限をしてみたり、現代にあって、広告とかいわゆる“お金”の論理じゃない論理で動いている部分も多いのかなとこの歳になって思うようになってきてます。

今あえて言語化できるとしたら、「どうしたらもっと人の目を惹きつけられるだろう」というよりも、「これまでの歴史も踏まえて、空間としてどうあるべきだろう」みたいな、でしょうか。

ニュースを見ていると、京都はまさにこういった間でいろいろ課題も進行しているようなのですが、だからこそ、この地域で学ぶ意味もあるのかしら、と思っています。

応援よろしくおねがいします。(突然)

それでは、よいコミュニケーションデザインライフを。